ベルトを巻く前に体幹が抜ける──ツールを増やすほど判断力が鈍る経営者の構造
トレーニング現場で長く観察されてきた現象があります。重量を扱う前に当然のようにベルトを巻く中級者ほど、ベルトを外した日のパフォーマンスが驚くほど低い、という事実です。同じ構造が、自動化ツールを次々と導入する経営者の判断力低下にも当てはまると私は考えています。
ベルトは「腹圧を高める補助具」であって、腹圧そのものではない
パワーリフティングで使うベルトは、腹腔内圧を高めるための補助具です。正しく使えば数十キロの上積みが可能になりますが、ここに落とし穴があります。
ベルトを巻くと、自分の腹横筋が十分に働いていなくても、外部からの圧で「効いている感覚」が得られてしまうのです。指導現場で観察された傾向では、ベルト常用者ほどノーベルトでの体幹安定性が育ちにくい、という結果がしばしば見られます。補助具が、本来鍛えるべき中核の発火を肩代わりしてしまうからです。
自動化ツールが肩代わりしているのは「判断の腹圧」である
これを経営の文脈に置き換えると、構造の相似が見えてきます。AIによる議事録要約、提案書ドラフト生成、顧客分析の自動化──いずれも強力な補助具です。しかし、これらは経営者の「判断」を補助しているのではなく、判断に至る前の思考の負荷そのものを肩代わりしている場合が少なくありません。
負荷がかからない筋肉が萎縮するのと同じく、悩む工程をスキップし続けた判断力は、徐々に出力が落ちていきます。ツールを増やすほど意思決定が速くなったように感じる一方で、ツールが提示しない論点に気づく感度は鈍化していく。これは私が複数の経営者と話す中で繰り返し観察してきた傾向です。
実力は「補助具を外した日」にしか測れない
ベルトを巻いた状態でのマックス重量は、その人の真の体幹筋力ではありません。同様に、AIフル稼働の状態で下された判断は、その経営者の本来の判断力ではない可能性があります。
では何を確認すべきか。私が推奨するのは、定期的に「ノーツール日」を設けることです。ChatGPTを開かず、議事録AIをオフにし、自分の頭と紙だけで一日の重要判断を下してみる。そこで生じる違和感、出てこない言葉、見落とす論点──それこそが、ツール依存によって萎縮しつつある中核の正体だと考えられます。
ツールを否定しているのではありません。ベルトもAIも、中核が育った人間が使えば爆発的な出力を生みます。問題は、巻く順序を逆にしている経営者が増えていることです。あなたが最後に「補助具を外して仕事をした日」は、いつでしたか。