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「補助に頼る最後の1回」を続ける人が、経営判断でも他人に答えを求め続ける理由

「補助に頼る最後の1回」を続ける人が、経営判断でも他人に答えを求め続ける理由

ジムで興味深い光景があります。ベンチプレスの最終セット、最後の1回を「補助者の指1本」で挙げる人が、翌週も翌々週も、同じ重量で同じように指1本の補助を受けている。本人は限界まで追い込んでいるつもりですが、実際には「自力で挙げ切った」経験を一度も積めていません。この構造は、経営判断における他者依存と驚くほど似ていると考えています。

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「ほぼ自力」と「完全に自力」の間にある決定的な断絶

指導現場で観察されてきた傾向として、補助者の存在は重量挙上時のフォームを安定させる一方で、神経系の働きに微妙な抑制をかけることが知られています。脳が「最後は誰かが助ける」と認識した瞬間、最大筋出力に必要な動員率が落ちるためです。

つまり、補助つきで挙げた100kgと、完全自力で挙げ切った100kgは、見た目は同じでも身体に蓄積される情報がまったく異なります。前者は「他者と共に挙げた経験」、後者は「自分の限界を自分で更新した経験」として記録される、と整理できます。

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経営判断における「補助者依存」の正体

これを意思決定の文脈に置き換えてみます。経営者やリーダーが新規事業の可否、価格設定、人事判断などで「コンサルに最終確認してから」「メンターに相談してから」と止まる場面は珍しくありません。相談自体は健全な行為です。問題は、相談を経て自分で挙げ切ったのか、それとも誰かに最後の1回を挙げてもらっているのか、という構造の違いにあります。

私の場合は、AI起業の初期に「この方向で合っているのか」を外部に確認したくなる衝動が何度もありました。しかし、確認を取って動いた判断ほど、後から振り返ると精度の検証ができないことに気づきました。失敗しても成功しても、それが自分の判断力によるものか他者の助言によるものか、切り分けられないからです。

意思決定の精度は「自力で挙げ切った回数」で決まる

筋力が「自力での挙上経験」の積み重ねで伸びていくように、判断精度もまた「自力で決め切った経験」の累積でしか養われない、と考えられます。補助つきで100回挙げるより、自力で5回挙げ切るほうが、神経系には深く刻まれます。

もちろん、経営判断には専門家への相談が必要な領域もあります。法務、税務、技術的な検証など、自分の射程外の情報は迷わず取りに行くべきでしょう。区別すべきは「情報を集める相談」と「判断を委ねる相談」です。前者は補助ではなく、トレーニング前のフォーム確認に近い。後者こそが、自力挙上の機会を奪う「最後の1回の補助」に該当します。

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あなたが直近で下した重要な判断を3つ思い浮かべてみてください。そのうち、誰の同意も得ずに自分で挙げ切ったものはいくつあるでしょうか。もし1つもないのだとしたら、判断力という筋肉は、まだ補助器具の中で眠っている可能性があります。自力挙上を意思決定に組み込む具体的な手順については、note の深掘り記事で整理しています。

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