フォーム動画を撮らない人が、商談ログも残さない理由
指導現場で長年観察してきた中で、伸びるトレーニーと停滞するトレーニーを分ける指標が一つあります。それは「自分のフォームを動画で撮り返す習慣があるかどうか」です。そして興味深いことに、この習慣の有無は、経営者の商談記録の残し方ともほぼ重なって観察されます。今回は、この「自分を外から見る視点」が成長角度を決定づける構造について、論理的に解剖してみたいと思います。
なぜトレーニーは自分のフォームを撮らないのか
「フォームを動画で撮ってください」と指導すると、一定数のトレーニーが渋ります。理由を聞くと「鏡で見ているから大丈夫」「感覚で分かる」という答えが返ってくることが多いです。
しかし実際に撮影してみると、本人の体感と外から見た動きには、ほぼ例外なく乖離が存在します。スクワットで膝が内側に入っている、デッドリフトで腰が丸まっている、ベンチプレスで肩がすくんでいる──いずれも本人は「正しくできている」と認識しているケースです。
この乖離が放置されると、何が起きるか。間違ったフォームのまま反復回数だけが積み上がり、可動域や筋出力の改善ではなく、代償動作と怪我のリスクだけが蓄積していきます。努力の総量が、必ずしも成長角度に比例しない構造です。
商談ログを残さない経営者にも同じ構造が見える
これと同じ構造が、商談記録の扱い方にも現れます。失注した商談について「なぜ負けたか」を文字に起こし、後から見返している経営者は、私の観察範囲では少数派です。
多くの場合、「相手の予算が合わなかった」「タイミングが悪かった」という主観的な感想で処理が終わります。これは、トレーニーが「鏡で見ているから大丈夫」と言うのと、構造的にはほぼ同じ反応だと考えられます。
商談中の自分の話す順番、相手の表情が変わった瞬間、こちらが守りに入った質問、価格を提示したタイミング──これらは録音や議事録として外部化しない限り、本人の記憶の中で都合よく編集されていきます。そして次の商談でも、本人が気づかないまま同じ動きを繰り返すことになります。
「外から見る視点」を欠いた成長は、水平に漸近する
身体もビジネスも、最初のうちは内省と感覚だけでも伸びます。初期は伸びしろが大きく、何をしてもある程度の効果が出るためです。
しかし、ある段階から成長曲線は鈍化し始めます。このとき、自分の動きを外部化して観察する仕組みを持っている人は、ボトルネックを特定して次のフェーズに進めます。一方、内省だけに頼る人は、同じ動作・同じトークを繰り返し、成長角度が水平に漸近していきます。
重要なのは、これが能力差ではなく、習慣設計の差だという点です。動画撮影も商談ログも、技術的な難易度はゼロに近い。にもかかわらず差が開くのは、「自分を客観視することへの心理的抵抗」を仕組みで超えているかどうかの違いだと考えられます。
直近の3件の失注商談を、もう一度ログとして書き起こせるでしょうか。書けないとしたら、それは記憶力の問題ではなく、観察体制が設計されていないという問題です。自分の動きを外から見る仕組みをどう実装するか──このテーマについては、note の深掘り記事で具体的なフレームを整理していますので、関心のある方は覗いてみてください。